- ✓ 抑肝散は神経症や不眠症、小児の夜泣きや疳症など幅広い精神神経症状に用いられる漢方薬です。
- ✓ 興奮を鎮め、精神的な緊張を和らげることで不眠やイライラ感の改善が期待できます。
- ✓ 重大な副作用は稀ですが、偽アルドステロン症やミオパチーなどに注意が必要です。
抑肝散とは?その特徴と適応疾患

抑肝散(ヨクカンサン)とは、神経症や不眠症、小児の夜泣きや疳症、更年期障害に伴う精神神経症状など、幅広い心身の不調に用いられる漢方薬です。特に、精神的な興奮やイライラ、不眠といった症状に対して効果が期待されます。当院の皮膚科外来では、アトピー性皮膚炎や慢性湿疹など、かゆみや皮膚症状がストレスや不眠によって悪化する患者さまに、補助的な治療として抑肝散を処方するケースも少なくありません。
抑肝散は、以下の7種類の生薬から構成されています[5]。
- 柴胡(サイコ):炎症を抑え、ストレスによる興奮を鎮める効果が期待されます。
- 当帰(トウキ):血行を促進し、体を温め、精神を安定させる作用があるとされます。
- 川芎(センキュウ):血行を改善し、鎮痛・鎮静作用が期待されます。
- 茯苓(ブクリョウ):利尿作用があり、精神的な安定にも寄与すると考えられています。
- 白朮(ビャクジュツ)または蒼朮(ソウジュツ):消化機能を整え、体内の水分バランスを調整します。
- 甘草(カンゾウ):他の生薬の働きを調和させ、炎症を抑える作用も持ちます。
- 釣藤鈎(チョウトウコウ):鎮静作用があり、けいれんや興奮を抑えるのに役立ちます。
これらの生薬が複合的に作用することで、神経の高ぶりを鎮め、心身のバランスを整えると考えられています。特に、釣藤鈎は神経伝達物質のバランスを調整し、興奮を抑制する効果が注目されており、認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)への有効性も研究されています[1]。
- 抑肝散の適応症
- 虚弱な体質で神経がたかぶるものの次の諸症:神経症、不眠症、小児夜なき、小児疳症(神経過敏)、更年期障害、血の道症
当院では、患者さまの具体的な症状や体質を詳しく問診し、抑肝散が適していると判断した場合に処方しています。特に、皮膚疾患の治療中に「イライラしてかゆみがひどくなる」「夜眠れなくて皮膚を掻きむしってしまう」といった訴えがある場合には、抑肝散の併用を検討することがあります。患者さまからは「夜中に目が覚める回数が減った」「イライラすることが少なくなった」といった声も聞かれます。
抑肝散の作用機序:不眠を和らげるメカニズムとは?
抑肝散が不眠や精神症状を和らげるメカニズムは、複数の生薬成分が複合的に作用することによると考えられています。主な作用としては、神経伝達物質の調整や抗炎症作用が挙げられます。
神経伝達物質のバランス調整
抑肝散に含まれる釣藤鈎などの成分は、興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰な放出を抑制したり、抑制性の神経伝達物質であるGABA(γ-アミノ酪酸)の働きを促進したりすることで、脳内の興奮と抑制のバランスを整えると考えられています。これにより、過剰な神経活動が鎮静化され、精神的な緊張が和らぎ、不眠の改善につながるとされています[1]。実際の診察では、患者さまから「頭の中がぐるぐるして眠れない」と質問されることがよくありますが、これは脳の興奮が収まらない状態であり、抑肝散がこの興奮を穏やかにする作用を持つ可能性があります。
抗炎症作用と抗酸化作用
一部の生薬には、抗炎症作用や抗酸化作用があることも報告されています。脳内の炎症や酸化ストレスは、神経細胞の機能障害や精神症状の悪化に関与すると考えられています。抑肝散がこれらの作用を通じて、脳の健康を保ち、精神状態を安定させることで、不眠などの症状を間接的に改善する可能性も指摘されています。
血行改善作用
当帰や川芎などの生薬は、血行を促進する作用があるとされています。脳への血流が改善されることで、脳機能が正常化し、精神的な安定につながる可能性も考えられます。皮膚科の臨床経験上、冷え性や血行不良を訴える患者さまは、不眠や精神的な不安定さを併発していることが多く、抑肝散の血行改善作用がこれらの症状にも良い影響を与えると感じています。
これらの作用は、西洋薬のような単一のターゲットに作用するのではなく、複数の経路を通じて心身のバランスを整えるという漢方薬ならではの特徴を示しています。当院では、患者さまの体質や症状の背景を総合的に判断し、抑肝散の処方を検討しています。例えば、手術前の不安軽減や術後のせん妄予防に抑肝散が有効である可能性も報告されており[3][4]、精神的なストレスが身体に与える影響を緩和する効果が期待されます。
用法・用量と服用上の注意点

抑肝散の用法・用量は、患者さまの年齢や症状によって異なります。添付文書に記載されている標準的な用法・用量に準拠し、医師の指示に従って正しく服用することが重要です[5]。
標準的な用法・用量
通常、成人には1日7.5gを2〜3回に分割し、食前または食間に経口服用します。小児の場合は、年齢に応じて用量を調整します。当院では、患者さまの体格や症状の程度、他の薬剤との併用状況などを考慮して、個別に用法・用量を決定しています。特に高齢の患者さまや肝機能・腎機能が低下している患者さまには、慎重に用量を設定し、定期的な経過観察を行っています。
| 対象 | 標準的な1日用量 | 服用回数 |
|---|---|---|
| 成人 | 7.5g | 2〜3回 |
| 小児 | 年齢に応じて調整 | 2〜3回 |
服用上の注意点
- 食前・食間服用:漢方薬は一般的に食前(食事の約30分前)または食間(食後2時間程度)に服用することで、生薬の吸収が良くなると言われています。
- お湯に溶かして服用:顆粒タイプの抑肝散は、少量のお湯に溶かして温かい状態で服用すると、生薬の風味を感じやすくなり、効果も高まると言われることがあります。
- 継続的な服用:漢方薬は即効性よりも、継続して服用することで体質改善や症状の緩和を目指すものです。効果を実感するまでには数週間から数ヶ月かかることもあります。外来で抑肝散を使用した経験では、効果を実感されるまでに数週間から1ヶ月程度かかる方が多い印象です。
- 体質・症状の変化:服用中に体調の変化や気になる症状が現れた場合は、速やかに医師または薬剤師に相談してください。特に、むくみや体重増加、血圧上昇などの症状には注意が必要です。
自己判断で服用を中止したり、用量を変更したりすることは避けてください。必ず医師の指示に従いましょう。
当院では、抑肝散を処方する際は、患者さまの生活習慣や食生活についても詳しくお伺いし、総合的な視点から治療計画を立てるように心がけています。また、他の薬剤との飲み合わせについても確認し、安全性を最優先に考慮しています。
抑肝散の副作用:注意すべき症状とは?
抑肝散は比較的安全性の高い漢方薬とされていますが、全く副作用がないわけではありません。特に、体質や体調によっては、特定の副作用が現れることがあります。添付文書には、重大な副作用とその他の副作用が記載されています[5]。
重大な副作用
頻度は非常に稀ですが、以下の重大な副作用が報告されています。これらの症状が現れた場合は、直ちに服用を中止し、医療機関を受診してください。
- 偽アルドステロン症:体内の電解質バランスが崩れ、手足のしびれ、こわばり、脱力感、むくみ、体重増加、血圧上昇などの症状が現れることがあります。これは甘草の成分が原因となることがあります。
- ミオパチー:偽アルドステロン症の進行により、筋肉の障害(ミオパチー)が起こり、脱力感、筋肉痛、筋力低下などが現れることがあります。
- 肝機能障害、黄疸:AST(GOT)、ALT(GPT)、γ-GTPなどの肝機能値の上昇、全身倦怠感、皮膚や白目が黄色くなる(黄疸)などの症状が現れることがあります。
当院では、抑肝散を処方する前に、患者さまの既往歴や服用中の薬剤を詳細に確認し、定期的な血液検査で肝機能や電解質バランスをチェックすることがあります。特に、高齢の患者さまや複数の薬剤を服用している患者さまには、より慎重なモニタリングが必要です。診察の現場では、むくみや倦怠感を訴える患者さまがいらっしゃった場合、これらの重大な副作用の可能性も考慮して検査を進めます。
その他の副作用
比較的頻度は低いものの、以下のような副作用が報告されることがあります。
- 消化器症状:食欲不振、胃部不快感、吐き気、嘔吐、下痢など。
- 皮膚症状:発疹、かゆみなど。
これらの症状は、服用を継続することで軽減することもありますが、症状が続く場合や悪化する場合は、医師に相談してください。当院では、患者さまから「胃の調子が悪い」「皮膚にかゆみが出た」といったフィードバックをいただくことがありますが、その際は用量の調整や他の漢方薬への切り替えを検討することもあります。
抑肝散は、ベンゾジアゼピン系薬剤の代替薬としても注目されており、離脱症状の予防にも有効である可能性が示唆されています[2]。しかし、どのような薬剤にも副作用のリスクは存在するため、メリットとデメリットを十分に理解し、医師の指導のもとで適切に服用することが何よりも重要です。
抑肝散と不眠症:どのような患者さまに効果が期待できる?

抑肝散は、不眠症の中でも特に「神経が高ぶって眠れない」「イライラして寝つきが悪い」「夜中に何度も目が覚めてしまう」といった症状を伴う患者さまに効果が期待されます。当院の皮膚科診療では、皮膚のかゆみや炎症が精神的なストレスや不眠と密接に関連しているケースが多く、このような患者さまに抑肝散を処方することで、皮膚症状と精神症状の両方の改善を目指します。
抑肝散が適応となる不眠症のタイプ
- 興奮性・易怒性を伴う不眠:日中のイライラや怒りっぽさ、落ち着きのなさなどが夜間の不眠につながっている場合。小児の夜泣きや疳症もこのタイプに含まれます。
- 精神的な緊張による不眠:ストレスや不安が強く、寝床についても考え事が止まらず眠れない場合。
- 更年期障害に伴う不眠:ホルモンバランスの乱れによる精神的な不安定さやイライラが不眠を引き起こしている場合。
- 認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)による不眠:認知症の患者さまに見られる興奮、徘徊、幻覚、妄想などが夜間の不眠を悪化させている場合にも、抑肝散が有効である可能性が指摘されています[1]。
実際の診察では、「夜になると不安で眠れない」「ちょっとしたことでイライラしてしまい、それが寝つきの悪さにつながっている」とおっしゃる方が多いです。このような患者さまに対して、抑肝散は神経の過剰な興奮を穏やかにし、精神的な安定をもたらすことで、自然な睡眠へと導く効果が期待されます。
西洋薬との違いと併用
西洋薬の睡眠導入剤は、即効性があり強力な効果が期待できる一方で、依存性や離脱症状のリスク、日中の眠気などの副作用が問題となることがあります。抑肝散は、これらの西洋薬とは異なる作用機序で、心身のバランスを整えることを目的としています。そのため、西洋薬の減量や中止を検討している患者さまの補助療法として、あるいは西洋薬の副作用が懸念される患者さまに選択肢の一つとして検討されることがあります[2]。
当院では、不眠症の治療において、患者さまのライフスタイル、既往歴、他の薬剤の使用状況などを総合的に評価し、最適な治療法を提案しています。抑肝散単独での効果が不十分な場合や、より即効性が求められる場合には、他の治療法や薬剤との併用も検討します。しかし、併用する際は、必ず医師に相談し、相互作用や副作用のリスクを十分に理解した上で行うことが重要です。
ジェネリック医薬品について
抑肝散は、ツムラが製造販売する「ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)」が広く知られていますが、他にも複数の製薬会社から同成分の漢方製剤が販売されています。漢方製剤の場合、一般的に「ジェネリック医薬品」という呼称はあまり使われませんが、これは西洋薬におけるジェネリック医薬品と同様に、先発品と同一の有効成分、同等の効能・効果を持つ医薬品と考えることができます。
漢方製剤の「ジェネリック」とは
西洋薬のジェネリック医薬品は、新薬(先発医薬品)の特許期間が満了した後に、他の製薬会社が製造・販売する医薬品です。有効成分が同一であり、品質、効き目、安全性が先発品と同等であることが国によって認められています。一方、漢方製剤の場合、生薬の組み合わせや抽出方法、賦形剤などがメーカーによって多少異なることがありますが、日本薬局方に収載されている処方であれば、基本的な効能・効果は同等とされています。当院では、患者さまから「ツムラの抑肝散以外でも効果は同じですか?」と尋ねられることがよくありますが、その際には「基本的な効果は同等と考えられます」とお答えしています。
選択のポイント
どのメーカーの抑肝散を選択するかは、医師の判断や患者さまのご希望、薬局での在庫状況によって異なります。主な選択のポイントとしては、以下のような点が挙げられます。
- 価格:メーカーによって薬価が異なる場合があります。
- 味や飲みやすさ:顆粒の粒度や味付け、香りなどがメーカーによって微妙に異なるため、患者さまによっては特定のメーカーのものが飲みやすいと感じることがあります。
- 信頼性:長年の実績を持つメーカーの製品を好む方もいらっしゃいます。
当院では、患者さまに安心して治療を受けていただくため、これらの点を考慮し、患者さまの意向も踏まえて処方するメーカーを決定しています。特に、漢方薬は継続して服用することが重要であるため、飲みやすさや価格は治療の継続性にも影響すると考えています。
まとめ
ツムラ54「抑肝散」は、神経症、不眠症、小児の夜泣きや疳症、更年期障害に伴う精神神経症状など、幅広い心身の不調に用いられる漢方薬です。神経の興奮を鎮め、精神的な緊張を和らげることで、不眠やイライラ感の改善が期待されます。当院の皮膚科外来では、ストレスや不眠が皮膚症状を悪化させる患者さまに対して、補助的な治療として抑肝散を処方し、良好な結果を得ることもあります。
用法・用量は年齢や症状に応じて調整され、食前または食間に服用することが推奨されます。効果を実感するまでには時間がかかることが多いため、継続的な服用が重要です。重大な副作用として偽アルドステロン症やミオパチー、肝機能障害などが稀に報告されており、むくみや脱力感、黄疸などの症状が現れた場合は速やかに医療機関を受診する必要があります。その他の副作用として、消化器症状や皮膚症状が現れることもあります。
抑肝散にはツムラ以外のメーカーからも同等の漢方製剤が販売されており、価格や飲みやすさなどを考慮して選択することが可能です。不眠症の中でも、特に興奮性や易怒性を伴うタイプ、精神的な緊張による不眠、更年期障害に伴う不眠などに効果が期待されます。服用に際しては、必ず医師の指示に従い、気になる症状が現れた場合は相談するようにしましょう。
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よくある質問(FAQ)
- S de Caires, V Steenkamp. Use of Yokukansan (TJ-54) in the treatment of neurological disorders: a review.. Phytotherapy research : PTR. 2011. PMID: 20812276. DOI: 10.1002/ptr.3146
- Junji Yamaguchi, Ryoichi Sadahiro, Saho Wada et al.. Potential Effectiveness of Yokukansan and Lemborexant as Alternative Candidates to Benzodiazepines to Prevent Benzodiazepine Withdrawal Delirium in the Cancer Perioperative Period: A Case Report and Literature Review.. Neuropsychopharmacology reports. 2025. PMID: 41043175. DOI: 10.1002/npr2.70062
- Saho Wada, Hironobu Inoguchi, Takatoshi Hirayama et al.. Yokukansan for the treatment of preoperative anxiety and postoperative delirium in colorectal cancer patients: a retrospective study.. Japanese journal of clinical oncology. 2017. PMID: 28591818. DOI: 10.1093/jjco/hyx080
- Saho Wada, Ryoichi Sadahiro, Yutaka J Matsuoka et al.. Yokukansan for perioperative psychiatric symptoms in cancer patients undergoing high invasive surgery. J-SUPPORT 1605 (ProD Study): study protocol for a randomized controlled trial.. Trials. 2019. PMID: 30736826. DOI: 10.1186/s13063-019-3202-1
- 抑肝散 添付文書 – PMDA(医薬品医療機器総合機構)
