- ✓ 帰脾湯は心身の疲労や不眠、精神不安などに用いられる漢方薬です。
- ✓ 添付文書の用法・用量を守り、副作用の初期症状に注意して服用することが重要です。
- ✓ 症状の改善には個人差があるため、医師と相談しながら継続的な服用を検討しましょう。
帰脾湯(キヒトウ)とは?その特徴と適応

帰脾湯(きひとう)は、漢方医学における「気血両虚(きけつりょうきょ)」の状態、すなわち心身のエネルギーである「気」と、体を養う「血」がともに不足している状態を改善することを目的とした漢方薬です。特に、精神的な疲労や不眠、不安感、貧血傾向などを伴う方に用いられます。当院の皮膚科外来では、ストレスや疲労からくる皮膚症状、例えば肌荒れや乾燥、かゆみなどの改善を目的として、全身状態の調整として処方することがあります。
- 気血両虚(きけつりょうきょ)
- 漢方医学の概念で、生命活動のエネルギーである「気」と、身体を構成し栄養する「血」の両方が不足している状態を指します。疲労感、倦怠感、不眠、精神不安、貧血傾向、顔色不良などの症状が現れやすいとされます。
帰脾湯の構成生薬と作用メカニズム
帰脾湯は、以下の12種類の生薬から構成されています[2]。
- 人参(にんじん):気を補い、疲労回復を助けます。
- 白朮(びゃくじゅつ):消化吸収を助け、気を補います。
- 茯苓(ぶくりょう):精神安定作用があり、余分な水分を排出します。
- 黄耆(おうぎ):気を補い、体力を増強します。
- 当帰(とうき):血を補い、血行を促進します。
- 竜眼肉(りゅうがんにく):血を補い、精神安定作用があります。
- 酸棗仁(さんそうにん):精神安定作用があり、不眠を改善します。
- 遠志(おんじ):精神安定作用があり、記憶力向上にも寄与するとされます。
- 木香(もっこう):気の巡りを改善し、消化器症状を緩和します。
- 甘草(かんぞう):他の生薬の作用を調和させ、炎症を抑えます。
- 生姜(しょうきょう):体を温め、消化吸収を助けます。
- 大棗(たいそう):気を補い、精神安定作用があります。
これらの生薬が複合的に作用し、消化吸収機能を高めて「気」と「血」を生成しやすくするとともに、精神を安定させることで、心身のバランスを整えます。特に、脳機能への影響も示唆されており、アルツハイマー病患者の認知機能改善に寄与する可能性も報告されています[1]。
どのような症状に処方される?
帰脾湯は、主に以下のような症状や状態に用いられます[2]。
- 貧血
- 不眠症
- 精神不安
- 神経症
- 健忘
- 動悸
- 倦怠感
- 食欲不振
実際の診察では、患者さまから「最近よく眠れない」「些細なことで不安になる」「疲れが取れない」といった訴えを聞くことがよくあります。このような場合、問診や舌診、脈診などの漢方的な診察を通じて、気血両虚の状態と判断されれば、帰脾湯の処方を検討します。特に、顔色が優れず、唇が乾燥しているような方には、血を補う効果も期待できるため、良い適応となることが多いです。
帰脾湯の用法・用量と服用上の注意点
帰脾湯の効果を最大限に引き出し、安全に服用するためには、添付文書に記載された用法・用量を守ることが非常に重要です。自己判断での増量や減量は避け、必ず医師や薬剤師の指示に従ってください。
標準的な用法・用量
ツムラ帰脾湯エキス顆粒(医療用)の標準的な用法・用量は以下の通りです[2]。
- 成人:1日7.5gを2~3回に分割し、食前または食間に経口服用する。
- 小児:年齢、体重、症状に応じて適宜減量する。
食間とは、食事と食事の間、すなわち食後2~3時間を指します。漢方薬は胃に内容物がない状態で服用することで、吸収が良くなると考えられています。当院では、患者さまの生活スタイルに合わせて、朝食前と夕食前、または朝食前・昼食前・夕食前の3回に分けて服用するよう指導することが多いです。
服用時の注意点
- お湯に溶かして服用:顆粒をそのまま水で服用することも可能ですが、お湯に溶かして温かい状態で服用すると、生薬の香りが立ち、吸収も良くなると言われています。
- 飲み忘れに注意:毎日決まった時間に服用することで、効果が安定しやすくなります。飲み忘れた場合は、気がついた時点で服用し、次の服用時間を調整してください。ただし、2回分を一度に服用することは避けてください。
- 効果の実感まで:漢方薬は西洋薬と異なり、比較的緩やかに効果が現れることが多いです。当院の臨床経験では、効果を実感されるまでに数週間から数ヶ月かかることも珍しくありません。焦らず、継続して服用することが大切です。
- 併用薬との関係:他の薬剤を服用している場合は、必ず医師や薬剤師に伝えてください。特に、甘草を含む他の漢方薬との併用は、偽アルドステロン症のリスクを高める可能性があるため注意が必要です。
高齢者や、高血圧、心臓病、腎臓病のある方、むくみやすい方は、服用前に必ず医師に相談してください。また、妊娠中または授乳中の方も、安全のため医師の指示を仰ぐ必要があります。
帰脾湯の副作用とは?頻度と対処法

どのような医薬品にも副作用のリスクは存在します。帰脾湯も例外ではなく、体質や体調によっては副作用が現れることがあります。副作用の症状を理解し、適切に対処することが重要です。
重大な副作用
頻度は稀ですが、以下のような重大な副作用が報告されています[2]。これらの症状が現れた場合は、直ちに服用を中止し、医療機関を受診してください。
- 偽アルドステロン症:手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりに加えて、脱力感、筋肉痛が現れ、徐々に強くなる。むくみや血圧上昇を伴うこともあります。甘草の過剰摂取や体質によって引き起こされることがあります。
- ミオパチー:偽アルドステロン症の進行により、筋肉の障害が起こる状態です。
- 肝機能障害、黄疸:全身のだるさ、皮膚や白目が黄色くなる、食欲不振などが現れることがあります。
当院では、特に高齢の患者さまや、もともと高血圧や心臓病をお持ちの患者さまには、処方前に既往歴や併用薬を詳細に確認し、服用中も定期的に血圧測定や血液検査を行うなど、慎重に経過を観察しています。
その他の副作用
比較的頻度の低いものや、軽度なものとして、以下のような副作用が報告されています[2]。
- 消化器症状:食欲不振、胃部不快感、吐き気、嘔吐、下痢など。
- 皮膚症状:発疹、かゆみなど。
これらの症状が現れた場合も、自己判断で服用を中止せず、まずは医師や薬剤師に相談してください。症状が軽度であれば、服用方法の調整や一時的な休薬で改善することもあります。皮膚科の日常診療では、漢方薬による皮膚症状の相談も少なくありません。発疹やかゆみが現れた際は、他の薬剤やアレルギーの可能性も考慮し、詳細な問診と診察を行います。
| 副作用の種類 | 主な症状 | 対処法 |
|---|---|---|
| 重大な副作用 | 偽アルドステロン症、ミオパチー、肝機能障害、黄疸 | 直ちに服用中止、医療機関受診 |
| その他の副作用 | 食欲不振、胃部不快感、吐き気、下痢、発疹、かゆみ | 医師・薬剤師に相談、症状によっては服用方法調整や休薬 |
帰脾湯に関する患者さまからのご質問
帰脾湯のジェネリック医薬品と薬価

漢方薬には、西洋薬のような厳密な意味での「ジェネリック医薬品」という概念は通常ありません。しかし、複数の製薬会社が同じ処方(生薬の組み合わせと配合比率)に基づいて製造・販売している「医療用漢方製剤」が存在します。これらは、一般的に「先発品」と「後発品」という区別ではなく、各メーカーの製品として扱われます。
各社の帰脾湯製剤
ツムラ帰脾湯エキス顆粒(医療用)は、その中でも広く知られている製品の一つですが、他にも以下のようなメーカーから帰脾湯が製造・販売されています。
- コタロー帰脾湯エキス細粒
- クラシエ帰脾湯エキス細粒
- オースギ帰脾湯エキスG
これらの製剤は、基本的に同じ生薬構成と効能・効果を持っていますが、賦形剤(味や形状を整える成分)や製造方法の違いにより、風味や溶けやすさ、顆粒の粒度などにわずかな差がある場合があります。当院では、患者さまが服用しやすいと感じる製剤を選ぶことも、治療継続の重要なポイントと考えています。
薬価について
医療用漢方製剤の薬価は、厚生労働省によって定められています。各社の帰脾湯製剤も、基本的に同様の薬価が設定されていることが多いです。例えば、ツムラ帰脾湯エキス顆粒(医療用)の場合、1日量(7.5g)あたりの薬価は数百円程度です。患者さまの自己負担割合に応じて、実際の窓口負担額は異なります。
皮膚科の臨床経験上、漢方薬は長期にわたって服用されるケースも少なくありません。そのため、薬価も治療継続の判断材料の一つになることがあります。当院では、患者さまの経済的な負担も考慮し、必要に応じて他の製剤への切り替えや、長期処方の検討も行っています。
帰脾湯と他の漢方薬との使い分け
帰脾湯は「気血両虚」の状態に用いられる漢方薬ですが、似たような症状に用いられる他の漢方薬も存在します。診察の現場では、患者さまの体質や症状の細かな違いを見極め、最適な漢方薬を選択することが治療のポイントになります。
加味帰脾湯との違い
帰脾湯と名前が似ている漢方薬に「加味帰脾湯(かみきひとう)」があります。加味帰脾湯は、帰脾湯の処方に「柴胡(さいこ)」と「山梔子(さんしし)」という生薬が加わったものです。
- 柴胡:精神的なイライラや怒り、胸脇苦満(胸から脇腹にかけての張りや痛み)を改善します。
- 山梔子:熱を冷まし、精神的な興奮や不眠を鎮めます。
この二つの生薬が加わることで、加味帰脾湯は、帰脾湯が適応となる「気血両虚」の症状に加え、ストレスによるイライラ、怒りっぽい、口渇、目の充血といった「肝鬱化火(かんうつかか)」と呼ばれる熱症状や精神症状が強い場合に選択されます。当院では、「不眠に加えて、ストレスで胃がキリキリする」「イライラして落ち着かない」といった患者さまには、加味帰脾湯を検討することが多いです。加味帰脾湯
補中益気湯との違い
「補中益気湯(ほちゅうえっきとう)」も、気を補う代表的な漢方薬です。しかし、帰脾湯とは適応が異なります。
- 補中益気湯:主に「気虚(ききょ)」、すなわち気が不足している状態に用いられます。全身倦怠感、食欲不振、胃腸機能の低下、病後の体力回復、夏バテなどに適しています。
- 帰脾湯:「気血両虚」に加え、精神不安や不眠といった「心」の症状が前面に出ている場合に用いられます。
簡単に言えば、補中益気湯は「体の疲れ」が中心で、帰脾湯は「心の疲れ」も伴う場合に適していると言えます。当院の診察では、「とにかく体がだるくて、朝起きられない」という訴えには補中益気湯を、「体がだるい上に、考え事ばかりして眠れない」という訴えには帰脾湯を検討するなど、患者さまの主訴や全身状態を総合的に判断して使い分けています。補中益気湯
| 漢方薬 | 主な適応 | 特徴的な症状 |
|---|---|---|
| 帰脾湯 | 気血両虚、不眠、精神不安、貧血傾向 | 心身の疲労、考えすぎ、動悸、健忘 |
| 加味帰脾湯 | 気血両虚+肝鬱化火、イライラ、興奮 | 精神的な高ぶり、口渇、目の充血、胸脇苦満 |
| 補中益気湯 | 気虚、全身倦怠感、食欲不振、病後回復 | 体力低下、胃腸虚弱、夏バテ、風邪をひきやすい |
まとめ
帰脾湯は、心身の疲労、不眠、精神不安、貧血傾向など、多岐にわたる症状に用いられる漢方薬です。気と血の不足を補い、精神を安定させることで、全身のバランスを整えることを目指します。服用に際しては、添付文書に記載された用法・用量を守り、副作用の可能性についても理解しておくことが重要です。特に、稀ではありますが偽アルドステロン症などの重大な副作用には注意が必要です。効果の現れ方には個人差があり、継続的な服用が必要となるケースも少なくありません。ご自身の体質や症状に合った漢方薬を選択するためには、専門知識を持つ医師や薬剤師との相談が不可欠です。当院では、患者さま一人ひとりの状態を丁寧に診察し、最適な治療法を提案しています。気になる症状がある場合は、お気軽にご相談ください。
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よくある質問(FAQ)
- Hidetoshi Watari, Yutaka Shimada, Mie Matsui et al.. Kihito, a Traditional Japanese Kampo Medicine, Improves Cognitive Function in Alzheimer’s Disease Patients.. Evidence-based complementary and alternative medicine : eCAM. 2024. PMID: 31217803. DOI: 10.1155/2019/4086749
- 帰脾湯 添付文書 – PMDA(医薬品医療機器総合機構)
